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ブログシリーズ「小児科医から妊婦さんへのお願い」も今回で第3回。
前回、前々回では「アブリスボ(RSウイルスワクチン)」や「Tdap(百日咳含有の成人用3種混合ワクチン)」といった、比較的新しい、あるいは日本ではまだ馴染みの薄いワクチンの重要性をお伝えしてきました。
「先生、今年は妊娠中なので、インフルエンザの注射はやめておこうと思うんです。薬や注射は赤ちゃんに悪い気がして。もし私がかかっても、気合で治します!」
秋口になると、診察室で妊婦さんから時々こんなお話を伺います。 お腹の赤ちゃんを想うからこそ、余計なものを体内に入れたくない。その優しく強いお母さんの愛情は、本当に尊いです。
しかし、小児科専門医として、少しだけお節介を焼かせてください。 なぜなら、「妊娠中はインフルエンザワクチンを控えた方がいい」というのは、お母さん自身にとっても、生まれてくる赤ちゃんにとっても、極めてリスクの高い大きな誤解だからです。
今回は、もっとも身近で、だからこそ軽視されがちな「インフルエンザワクチン」について、現場の小児科医の視点からどうしても知っておいてほしいことをお話しします。
まず、お母さん自身の体のお話です。 妊娠中の体は、お腹の赤ちゃん(自分とは違う遺伝子を持つ存在)を異物として攻撃しないよう、免疫のバランスを絶妙にコントロールしています。これは命を育むための神秘的な仕組みですが、その代償として、ウイルスなどの外敵に対する抵抗力が普段より少し落ちてしまいます。
そのため、妊娠中にインフルエンザにかかると、妊娠していない時期に比べて肺炎などの合併症を起こしやすく、重症化するリスクが非常に高いのです。 高熱が何日も続けば、お母さんの体力が奪われるだけでなく、お腹の赤ちゃんへの影響や、早産のリスクも高まります。
「私さえ我慢すれば」という気合では、ウイルスは乗り切れません。お母さんが健康で笑顔でいること。それが、赤ちゃんがすくすく育つための絶対条件なのです。
そして、ここからが小児科医として一番お伝えしたいことです。
冬の小児科の病棟や救急外来で、私は毎年、つらい光景を目にしてきました。 高い熱にうなされ、小さな胸を激しく上下させて苦しそうに息をする生後数ヶ月の赤ちゃん。ひどい場合には「インフルエンザ脳症」という恐ろしい合併症を引き起こし、意識が朦朧としてけいれんを起こすこともあります。
実は、赤ちゃんは「生後6ヶ月」になるまで、インフルエンザワクチンを打つことができません。
つまり、生まれたばかりの赤ちゃんは、インフルエンザウイルスに対して自力で戦う武器(免疫)を何一つ持っていない「丸腰」の状態なのです。上の子が幼稚園からウイルスを持ち帰ったり、パパが満員電車でもらってきたりと、家の中にウイルスが入り込むリスクはどこにでもあります。
この最も危険な「空白の半年間」を、どうやって守り抜けばいいのか?
その唯一の答えが、「お母さんが妊娠中にワクチンを打ち、お腹の中から抗体(病気と戦う力)をプレゼントしてあげること(母子免疫)」なのです。 このママからの「最初のお守り」があるおかげで、赤ちゃんはインフルエンザから守られた状態で、この世界に産まれてくることができます。
それでも、やっぱり不安はあると思います。当院の診察室でよく聞かれるご質問に、医療的なエビデンスをもとにお答えします。
Q. 「妊娠のどの時期でも打っていいの?」
A. はい、大丈夫です。インフルエンザワクチンは「不活化ワクチン(ウイルスの毒性を完全に無くしたもの)」ですので、妊娠初期から後期まで、どの時期に打ってもお母さんや赤ちゃんに悪影響がないことが、日本小児科学会や日本産婦人科感染症学会でも確認されています。シーズン前に早めに打つのが鉄則です。
Q. 「ワクチンの防腐剤(チメローサル)が自閉症の原因になるってネットで見たけど…」
A. これは明確に否定されている間違った情報です。ワクチンに含まれる極微量のチメローサルが胎児に影響を与える、あるいは自閉症の原因になるという科学的根拠はありません。 ただ、どうしてもご不安な気持ちが拭えない方のために、当院では防腐剤を含まない「チメローサルフリー」のワクチンも、在庫の許す限りご用意しています。大切なのは、防腐剤の有無で悩んで接種のタイミングを逃すより、流行前にしっかり抗体を作ることです。
健診に通っている産婦人科でも、もちろんインフルエンザワクチンは打てます。でも、当院で接種される妊婦さんからはこんなお声をよくいただきます。
「パパと上の子も一緒に、家族全員で打てるから来ました!」
インフルエンザから赤ちゃんを守る最強の戦術は、「赤ちゃんの周りにいる大人(家族)が全員ワクチンを打ち、家の中にウイルスを入れないこと(コクーン戦略)」です。小児科である当院なら、妊婦さん、パパ、上のお子さん、おじいちゃんおばあちゃんまで、一度のご来院で家族全員のバリアを作ることができます。

さらに、前回のブログでお話ししたRSウイルスワクチン「アブリスボ」や、百日咳予防の「Tdap」との接種も可能です。お腹が大きくて大変な時期、あちこちの病院をはしごする負担を減らせます。 産後に通うことになる「かかりつけの小児科」の下見として、院長である私やスタッフの雰囲気を見に来てくださるのも大歓迎です。
最後に。インフルエンザワクチンは魔法ではありません。マスク・手洗いなどの標準的な感染対策ももちろん重要です。
ワクチンを打ったからといって100%感染を防げるわけではありませんが、 それでも、もし感染した時に「命に関わる重症化」を防ぐ強力な盾になってくれます。
「私がワクチンを打っておけば、この子にこんな苦しい思いをさせなくて済んだかもしれない…」
病棟で、涙ながらにご自身を責めるお母さんの姿を、見たくありません。
次回、シリーズ第4回は「風疹」についてです。「昭和生まれのパパ」は特に要注意のお話ですので、ぜひご夫婦で読んでみてくださいね。
(※本記事の内容は執筆時点の医療情報に基づいています。妊婦さん自身の健康状態に関する判断は、必ずかかりつけ産婦人科医師にご相談ください。)
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当院の外観写真
日本医科大学医学部 卒業、順天堂大学大学院・医学研究科博士課程修了、国立国際医療研究センター小児科勤務、東京女子医科大学循環器小児科勤務
医学博士、日本小児科学会小児科専門医、日本小児科学会指導医、日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医、そらいろ武蔵小杉保育園(嘱託医)、にじいろ保育園新丸子(嘱託医)
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